天王様・胡瓜・河童

 明治四十三年の夏以来、八月一日には、伊豆美神社の境内にまつられる諏訪神社と八雲神社の例大祭が行われてきました。お諏訪様は稲荷神社の社殿に、八雲様はその向かいの神明宮の社殿に鎮座。八雲様は明治初年に、牛頭天王(ごずてんのう)社を八雲神社と改称したので、天王様ともよばれています。
 例大祭は、いまでは宵宮楽(よみや)も本祭りも、小町宮司と世話人(14人)だけで行われていますが、かつては神楽(かぐら)の奉納などもあり、参拝者でにぎわいました。
 「お諏訪様は豊作祈願などにご利益があるし、夏病みにもいいって聞いてるけど、八雲様のほうが、特に疫病にはご利益がある厄病神だってね」(中和泉 本橋兼吉さん 明治24年生)
 喜多見(世田谷)の須賀神社も天王様とよばれ、祭礼は八月二日。狛江にも講中(こうじゅう)があります。今年の宵宮にも駒井囃子を奉納。いまでは駒井講中(23戸)だけになりましたが、十年ほど前までは猪方にも講中がありました。
 「天王様の講中は、キュウリを丸切り(輪切り)にするものではないって。切り口が天王様の紋(木瓜紋(もっかもん))と同じになるからってね。うちでは、斜(はす)か回し切りにする。これは、おふくろがよく言ってたな」(駒井 秋元清平さん 明治38年生)
 キュウリの初なりを、かつては川へ流す習わしもありました。
 「キュウリの初なりを天王様に流すのだといって、田中橋のところへ流しに行ったんです。親たちがやっていました。田中橋、いまは地名だけ残ってるけど、六郷用水が流れていて、洗い場もあってね」(中和泉 白井秀さん 明治26年生)
 「初めてキュウリが採れたとき、水神様にって、一本、大川(岩戸川)に流したものですよ。小さくてもいいから、初もの流してきなって、おばあさん(姑)に言われてね」(岩戸南 川合キンさん 明治36年生)。
 「キュウリとナス、初ものを川へ流すと、たくさん採れるようになるといって、裏の川に流したことがあった」(駒井 間鍋喜代治さん 大正3年生)
 多摩川に流す話を、駒井で数人から聞きました。
 「キュウリの初ものは、いまは仏さまに、昔は河童さまにあげるといって、多摩川に流した」(松坂由雄さん 明治44年生)
 「一番初めに採れたキュウリは、河童にあげるものだって、多摩川に流しに行った。昔は多摩川で泳いだでしょう。それでキュウリをあげておくと、河童に引っ込まれないって。娘や息子をつれてって流したこともあります。上(かみ)の方からも流れてきましたよ。あっちこっちで、やっぱり初なりを流したんでしょう」(高橋三五郎さん 明治32年生)。キュウリを川に流すときには、悪いことが来ないようにと、ナムアミダブツを唱える人もありました。
  中島惠子
(狛江市文化財専門委員)