昨年12月に発足した「絵手紙発祥の地-狛江」実行委員会では、今年に入って狛江駅北口での横断幕、懸垂幕や街路灯へのフラッグの掲出、8月には絵手紙サミットの開催など、本格的な活動を開始しました。また、10月3日(金)には、絵手紙の創始者で、市内在住の日本絵手紙協会会長である小池邦夫さんの講演会をエコルマホールで開催します。
  この講演会に先立ち、小池邦夫さんと矢野ゆたか市長の特別対談をお届けします。
〔問い合わせ〕地域活性課市民文化係

■小池邦夫(こいけくにお)さん
昭和16年愛媛県松山市生まれ。東京学芸大学書道科に学ぶ。生きる証しを求めて20歳から絵手紙を書き続ける手紙人間。昭和53年「季刊銀花」の綴じ込み企画で1年間に6万枚の絵手紙を書き話題を呼ぶ。昭和60年日本絵手紙協会設立。平成16年山梨県忍野村に小池邦夫絵手紙美術館オープン。

 

絵手紙との出会い

〔市長〕狛江市で魅力あるまちづくりの柱として、「絵手紙発祥の地」の取り組みが始まっています。昭和56年に小池先生を講師にして、全国で初めて絵手紙教室が狛江郵便局で行われました。絵手紙そのものは以前からあったと思いますが、教室という形をとったことで、絵手紙が個人の文化的な営みから市民文化のジャンルとして確立したととらえ、狛江市が「絵手紙発祥の地」を名乗らせていただきました。
  まず、先生が絵手紙を行うことになったのは何がきっかけだったのか、そのあたりからお話を伺いたいと思います。
〔小池〕僕は四国の松山の農家で育ったこともあり、絵や文章が苦手でコンプレックスがあったんです。習字ぐらいなら簡単だろうと小学校3年のときに習い始めたんですが、不器用だったので、後から習いにきた人に抜かれてしまい、劣等感をもったんです。 
  けれども習字ぐらいしかやることがないので、東京学芸大学の書道科に入学しましたが、ここでも頭角を現すということはなく、中退してしまうんです。
  親の唯一の望みが大学を出て、書道の先生になることを期待していたのですが、自分からやめてしまったんです。
  そうした中で、僕は19歳の時に一人の人に対して、手紙を書くということが、自分の書というものに合っているんじゃないか、自然でいいんじゃないかと感じたんです。
  その時に、正岡千年さんという中学校1年からの友人がいて、手紙のやりとりをするようになりました。
  書道はお手本があったけど、お手本なしで手紙を書き始めたらとっても楽しくなったんです。
  我流で小学生が描くような絵を添えると、受け取った正岡さんから「とっても面白い」と言われ、僕は下手でどうしようもないと思っていたけど、受け取った人はとても良いと思っている。こんなんでいいならもっとやってみようと、正岡さんに毎日手紙を出したのが原点だと思っています。
〔市長〕その後、35歳の時に初めて個展を開かれたことが大きな転機になったと伺いましたが…。
〔小池〕個展というと大体個展のための絵を描きますよね。1回目はそれでやったんですけど、なんか飾りごとのような気がして、2回目はそうした絵も出しましたが、正岡さんに出している絵手紙も出展したんです。
  そうしたら、売るために描いたものより、友人に本当の自分の心の内を下手丸出しで書いた絵手紙の方が反響がすごいんですよ。
  文化出版局から出している「季刊銀花」という雑誌の編集長が見に来たんです。その人は少し変わった人で「うわー。今でもこんなにはがきを書いている人がいる。心を打たれた」と言ってくれたんです。
  そして、1年間に6万部発行する銀花に1枚ずつ肉筆の絵手紙を挟み込みたいので、書いてくれとお願いされたんです。
  これは1日に200枚書かないといけない数字で、それまで10枚や15枚は書いていましたが、200枚というのはないので、できないと思ったんです。
  でも19歳から、どこからも注文がこないまま、昼間ははがきに絵を描き、夜は進学塾の先生をやっていたんですが、35歳でほぼ人生が決まる時に、できるとかできないじゃなく、とにかくやってみようと思った。
  狛江にはこの2年前に引っ越してきていたんですが、200枚書くのに13時間ぐらいかかるんで、トイレに行く時間も惜しんで書いたんですね。
  だけど一週間を過ぎると書く言葉がなくなるんですね。それから手が痛くなり、腱鞘炎みたいになり、手紙を書くことに飽きて、面白くなくなりました。
  でも、これをやらないと世の中に出れない。それで数だけは出そうと1日200枚書き続けました。
  僕は中退というハンディがあったのと、これをやったら注目されるかもしれない、そして数多く書くと自分の持っている毒を吐き出してオリジナルのものが出てくるかもしれない。この3つの思いでやったんです。

「下手でいい。下手がいい」

 〔市長〕「季刊銀花」のとじこみが成功して、絵手紙というジャンルが人々に知られ、個人的な活動から社会的なものとして全国に広がっていったわけですね。
〔小池〕そうです。それが初めて、絵手紙という文字が活字になったんです。
〔市長〕昭和56年に狛江郵便局で絵手紙教室を開催され、初めて生徒さん、いわゆる同好の士が誕生しました。
〔小池〕結果としてはそうだけど、最初はそうではなかった。狛江郵便局の道宮さんという主任さんが、僕が絵手紙を出しているのを見て、「面白そうなので、展示してほしい」と言われたんです。ほかの人は興味を持たないと思っていたんですが、展示をしたら年賀状にやってみたいとかいろいろな反応があって、郵便局からぜひ親子絵手紙教室を開いてほしいと言われ、開いたんです。
  それはとても評判が良かった。
〔市長〕では、狛江郵便局の道宮さんがいらっしゃらなかったら、今のような形にはならなかったかもしれませんね。
〔小池〕ならなかったかもしれませんね。
〔市長〕そういう意味では貴重な出会いのように思います。
〔小池〕そういうことが、こうした道につながったことは確かですね。
〔市長〕そして、NHKでも紹介されて、反響が目に見えて出てきたんですね。
〔小池〕NHKの時に「下手でいい。下手がいい」というのをモットーにやりました。今まで絵や手紙はうまく書かなければいけないと思われていた。大切な人に手紙を書くときにうまく書こうとすると飾るから相手の心をとらえないのです。
  手紙は下手に書いた方が、心の中が出て伝わる。それで「下手でいい。下手がいい」という言葉を作ったんです。
〔市長〕名文句ですね。気軽に参加しやすくなる。
〔小池〕僕は、それが効果があるとは思わないで、自分の弁解のために言っていたのが、皆も同じ気持ちだったんですね。
〔市長〕それが短期間の間に、国民の中に広がっていく大きな要因になっていたのかもしれません。
〔小池〕そうでしょうね。
〔市長〕だれでもできる。だれにでも喜んでもらえるというのが、絵手紙の魅力になっていったんでしょうね。
  第五小学校図工教諭の安藤晴美先生が書かれた「子どもだって絵手紙!」(新風舎)という本を読んだところ、あるクラスで、子どもたちが先生に絵手紙を送ることによって、先生と子どもたちの絆が深まったというエピソードが書かれていました。
〔小池〕僕は引っ込み思案で、授業で分かっていても手を挙げられなかったんです。中学校3年の夏に担任の先生からはがきをもらったんです。僕は先生とあまり話をしたことがなかったんですが、はがきには「君には秘めたものがあることを知っている」というキーワードがあったんです。手紙一通のその言葉でこんなに心をとらえて、希望を与えてくれるんだということを知ったんです。
  ただ、このはがきをもらったのは、僕だけだろうと思ったら、クラス全員がもらっていたんですよ。でも、はがきや手紙は人の心の中に入り込む力になるなと、その時感じましたね。
〔市長〕あと驚いたんですが、先生は奥様に毎日絵手紙を書かれて、手渡しでなく、ポスト経由で送られていると聞きましたが?
〔小池〕病気をした時に、今まで送られてきた絵手紙はざっと見ていたんですが、病院で退屈だったので、ゆっくりと見たんです。その時にあらためて絵手紙っていいもんだと感じて、家の一番身近な人に書こうと思い、60歳から出し始め、まだ続いています。
  手渡しだと恥ずかしくて照れるが、郵便屋さんが配達してくれるなら知らんぷりできるから、夫婦げんかをしていても手紙なら詫びることができると…。
  それで効果があるんですよね。

狛江の特性を生かした取り組み

〔市長〕絵手紙の魅力を狛江のまちづくりに生かしていきたいと思いますが、どのように取り組んだらよいか、アドバイスをよろしくお願いします。
〔小池〕僕は狛江に30年以上住んでいたんですけど、狛江との接点がなかったのに、狛江市が絵手紙発祥の地ということで、応援してくださると聞いてびっくりしました。個人的なことに注目してくれるなんて、僕は涙が出るほどうれしかったですね。
  これがもっと大きな区や市だったら無視されると思うけど…。
  今年の3月に狛江駅北口にたれ幕と横断幕を作ってくれたんだけど、僕は恥ずかしくて4日間見に行けなかった。だけどその幕を描いた絵手紙が送られてきたのを見たら、ものすごく希望に満ちているんです。次の日、見に行ったら悪くない。いいんですよ。それで、80人ぐらいにお知らせしたら、たくさんの人が見に来たんです。
  そして、そんなちっちゃな市で、心をつかまえる感動を与えてくれるなんてといった内容の手紙をいっぱいいただきました。
〔市長〕私も反応に驚きました。狛江は大きな観光資源も産業資源もなく、イメージづくりが難しいんです。
  子どもたちに愛着を持ってもらうためにも、何とか狛江の魅力づくりをしたいというのがスタートにありまして、何が財産としてあるのかと考えたら、市民の力だったんですね。それ以外で、狛江で自慢できるものとして多摩川の自然とか昔の文化遺産とかありますけれど、市民文化というのは、場所とか時期にとらわれず発揮できるものなので、市民文化を狛江の魅力づくりの中心に据えました。一昨年から「音楽の街-狛江」に取り組んでいますが、今度は郵便局でやった「絵手紙発祥の地」のキャンペーンを狛江市として魅力づくりの柱に加えようと、昨年実行委員会を立ち上げました。その最初の取り組みが、狛江駅北口の懸垂幕やフラッグだったんです。
  私も見たときは、いよいよスタートしたなという程度の思いでしたが、その後1週間ぐらいして、先生の所に送られてきた絵手紙と同様なものが、私の所に毎日3~4通来るようになったんですね。市長あて、担当課あてなど全部合わせるとこれまでに50~60通来ています。狛江にわざわざ来て、駅前で横断幕などをスケッチされ、絵手紙を送ってくださる。絵手紙への思い入れの強さも今回のPR活動であらためて感じましたね。ほかにない特徴だと思いました。
〔小池〕僕は狛江のことしか考えていなかったので、まさかよそから来ることは考えていなかったんです。僕は今でもあんなものは大したものじゃないと思っていますが、現実にはよそから来ている方が結構多いので、これは人を呼べると感じました。
〔市長〕そうですね。私もそういう実感を持ちました。今、実行委員会で絵手紙のギャラリーや絵手紙を飾ってくれるお店を掲載した絵手紙マップなどを検討していますが、狛江に来た方に地図や解説を書いたマップを渡せば、その人たちは狛江の中をどんどん歩いてくれると思うんです。飲食店などに絵手紙を飾れば、コーヒーや食事をしていただけることもあると思うので、産業振興や市民との交流にもつながっていくことを考えると、付加価値がものすごく大きな活動だなと感じています。
〔小池〕ある意味では市長さんの判断ですけど、僕なんかこんなもの…ちっちゃいものと思っていますからね。でも、これだけの反響が現実にきているんですよね。足を運んでくださることが驚きでした。それを生かすのが、私たちの仕事だと思っています。
〔市長〕また、「音楽の街-狛江」との接点を見い出せないかと思っています。
  エコルマホールなどで演奏を聴いた方が、帰りに寄れるお店のマップを作り、買い物や飲食をした際に割引やサービスをつければ、もっと狛江に来てもらえるようになるんじゃないかとか、狛江のイメージアップにつながるし、ほかの分野の振興にもつながる。発祥の地ということで自慢をするだけでなく、いろいろ生かしていける分野だということで楽しみが増えました。
〔小池〕音楽と絵手紙は、音と絵で表現するということで違いはあるけれど、両方とも文化なので、相乗りができるのではないかと思います。違うジャンルでも何か共通な部分を見つけて相乗りできれば両方にメリットがありますね。
〔市長〕表現のアプローチの仕方が違ったとしても、表現という面で共通するものがあるという見方は、面白い視点だと思います。
〔小池〕僕は昨年、童謡を絵手紙で書いた本を出したんです。音楽が苦手で、歌なんて歌ったことがなかったけど、この時は家でCDをかけて音楽を聴きながら書いたら、字が生き生きとして、絵と童謡の歌詞を両方書いたら意外とヒットしたんです。
  子どももいいんですが、大人も童謡を喜びます。懐かしくて、曲も詞も短いので、大人は口ずさめる。
  ホールなどに人が集まった時、スライドで拡大して写せば一緒に歌うこともできる。
〔市長〕そういう工夫ができたらいいですね。
〔小池〕狛江は狭い。はがきも狭い。小さい中で何ができるのか。小さいからこそできるものがあるのではないか。矢野市長は、文化や心といったものに注目しているなと感じるんです。
〔市長〕狛江は日本で3番目に小さい面積のまちですし、交通の障害がないんです。開かずの踏切や国道などの広い道路や、坂もなく、南北で高低差が数メートルしかないんです。だれもが歩いて行き来できる。小さい面積で手ごろな人口ということを考えると、市内での市民の活動がお互い見えたり、手のひらに乗ってくるんですよ。
  市民が顔見知りになって、協働した取り組みがやりやすくなる。どこかが旗を振れば、それに協力し合う動きも生まれてくる。市民活動は狛江の数少ない貴重な財産だと思うんです。文化は、まちの中でいつでもどこでもできる。狛江における魅力づくりの柱として十分成り立つのかなと。
  能力や熱意を持った市民の方がたくさんいらっしゃるので、行政が旗振りをすれば、市民の力で文化の振興がおのずと進んでいく。そうした形で小さなまちを生かしていければと思います。
〔小池〕8月23日に絵手紙サミットを開きましたが、来年以降規模を広げて、友好都市の新潟県川口町や山梨県小菅村などの子どもたちを呼んで、狛江の子どもたちと一緒に絵手紙を書くことができたらと思っています。
〔市長〕面白いと思います。そうすると絵手紙の分野だけでなくて、いろいろな可能性が開ける。交流にも深みが出ますね。
  行政や団体同士の付き合いはできていますが、個人の付き合いが新たに始まっていきますよね。
  絵手紙は1対1の世界ですから親しさがもっと増えていくと思います。そうした交流の力は強いと思います。行政ですと予算の有無などで付き合い方が変わることもありますが、個人の場合にはそうしたことが少ないので、貴重な取り組みとなりますね。
〔小池〕市内の絵手紙サークル「ポップアップ」をはじめ、絵手紙をやっている人が、友好都市に出かけて行って教えてもらうのができたらいいなと思います。

10月3日(金)の講演会

〔市長〕そこまで広げられたら、まちづくりとしても成功したと言えると思います。
 さて、10月3日にエコルマホールで、小池先生に講師になっていただき、講演会を開催しますが、それはどんなイメージになりますか。
〔小池〕調布で講演会を行った時も市民だけでなく、全国から来たので、今回もいろいろな所から来てくれると思います。
 講演会の際には、街角ギャラリーと絵手紙マップを用意してもらって、横断幕などを見てもらいながらスケッチしていってもらえるような環境を整えていただければと思います。
 また、今まで市役所などに送られてきた絵手紙を会場に展示してもよいと思います。
〔市長〕絵手紙サークルに呼び掛けて、グループごとに飾ってもらうのも良いと思いますね。
〔小池〕駅周辺の店で絵手紙を展示してもらい、市内のスケッチポイントの道順と案内を記載したマップがあればいいんじゃないかと思う。
 このマップを狛江に来た方たちに渡すと、その方たちが狛江を絵手紙で紹介するので、それが呼び水になって狛江に人が来る。それは広告でなくて、感動で友人に書くわけだから説得力が強いんですね。
  こうした話を一つの柱にして、10月3日は頑張りたいなと思っています。
〔市長〕ぜひ期待しています。今日の対談であらためて絵手紙の素晴らしい可能性を確認することができました。
  本日は長時間ありがとうございました。