■品川祐(しながわひろし)さん

プロフィール

  中学校時代、市内に居住 お笑いタレント(吉本興業所属)
 平成7年8月にお笑いコンビ「品川庄司」を結成し、映画、テレビ、執筆活動などで幅広く活躍中
 テレビでは「顔」「ガリレオ」、書籍では「POINT点」「ドロップ」「品川ブログ」など
 本人監督の映画「ドロップ」が3月20日公開予定
 趣味は、映画鑑賞と雑学収集

 

狛江とのかかわり

〔市長〕あけましておめでとうございます。
〔品川〕あけましておめでとうございます。
〔市長〕品川さんには本当にお忙しい中、対談に時間を取っていただいてありがとうございます。
〔品川〕とんでもないです。
〔市長〕品川さんはお笑い芸人として、地位をしっかりと築かれ、また狛江ともご縁があるということで、品川さんの頑張りに関心を持っている市民も多いと思います。
〔品川〕よろしくお願いします。
〔市長〕品川さんが狛江にいらっしゃったのはいつからいつごろまで?
〔品川〕これややこしいんですけど、僕は私立中学校で木更津の寮に入っているときに、実家が和泉多摩川に引っ越したんですよ。で、月に一回とか和泉多摩川の方に戻ってきたりはしてたんです。
 それで、中学3年の夏に、小説にも書いたんですけど不良漫画にあこがれて公立の中学に行きたいって言って転校してきたんですよ。その時は、和泉多摩川から慈恵第三病院の目の前に実家が引っ越して来ててそっちの方に住んでましたね。
 それから僕はすぐに家を出ちゃったので実際に住んでたのは1年ぐらいなんですけど実家はそれでも狛江にあったんです。だからちょくちょく戻っては来てたんですけど。
〔市長〕当時はどういう子どもだったんですか?
〔品川〕いやー本当にお招きいただいて申し訳ないんですけど(笑)。狛江の品格を下げる悪さばっかりしてたんですよ。
〔市長〕品川さんが狛江の中学校時代を舞台にして書かれた小説「ドロップ」を読ませていただいたんですけど。
〔品川〕ありがとうございます。
〔市長〕ただ、不良にあこがれて公立中学校じゃなきゃいけないって言うのがよくわかんないんだけど…。
〔品川〕そこにどんな理由があったんだみたいに言われるんですけど、あんまり理由はないんですよね。その家庭の事情とかも関係ないし、もうただ単純に女の子にもてたいからバンド始めるって言う雰囲気と一緒で、だから女の子にモテたいから不良になるみたいな。不良だったら私立より公立の方が…。
〔市長〕モテました?不良になって。
〔品川〕いやーあんま変わんなかったですね(笑)。

お笑い芸人への道

〔市長〕子どもの時、将来はどうなりたいとか夢とかというものは持ってはいたんですか?
〔品川〕それもほんと漠然としてて、芸人っていうのももちろんあったんですけど、まあ一言で言っちゃえばお金持ちになりたいみたいな。まあ、よくそういう不良の男の子にありがちな根拠がないけど自信がある、俺は大物になるんだ、勉強もスポーツもできるわけでもないけど俺は何かあるんだって信じて疑わないっていう。
〔市長〕ポジティブですね。
〔品川〕そうですね、根拠はないけど自信しかないみたいな。
〔市長〕そういう中で、お笑いの道を歩まれたわけですよね。やっぱりいろんな選択があったと思うけれどもこれだというふうに選んだのはどうしてなんですか。
〔品川〕当時お笑い芸人がすごくかっこよく映っていたのもあるんですけど、僕映画もすごい好きで。で、ビートたけしさんがお笑い芸人やって、自分の番組をもって役者さんもやって監督もやっているのを見て「あ、やりたいこと全部そろってるじゃん」って思ったんですよね。
〔市長〕売れるまでの苦労とかあるいは売れるようになった経緯・きっかけみたいなのがあったら教えてください。
〔品川〕僕らの場合はだれでもそうだと思うんですけど、入った時は簡単に売れるんじゃないかなぁと思っていて。養成所にいる間も、まだなんとなくウケてさえいれば売れるもんなのかなぁと思ったんです。当時、吉本がやってる深夜番組があって、その番組にさえ出てれば売れるっていう状態だったんですが、デビューしたと同時にそういうのが終わっていって。週に何回か出させてもらっていた劇場も閉館になってしまいました。
 ある時、下北沢の本多劇場を吉本が借りてたんですけど1日空きがでたことがあったんです。で、そこでやってみないかって言われて。テレビに出てない状態で400人埋めるっていうのは結構至難の業だったんですけど、何とかできて。そしたらマネージャーが、品川庄司で1,000人お客さん集めたら、会社がこいつら人気があるグループだって推してくれるんじゃないかって言ったので、じゃあやってみようかと自分たちでチケット売ったりだとかしながら何とか3回やって1,000人集めて。で、それから少しずつ業界のテレビ関係者の人とかも見に来てくれるようになりましたね。
〔市長〕品川さんは新聞で料理のコラムを書いたり、昨年「品川食堂」という料理本を出版されましたが、相当料理とか食べることにはこだわりみたいなものがありますか?
〔品川〕逆に言えばあんまこだわりないんですよね。その本を作る時も、ともかく材料をですね、キッチンスタジオにばーっと集めてもらってあるもので作ってったんですよ。
〔市長〕確かに冷蔵庫にあるもので作れる、そういうレシピですよね。それを見ながら、卵かけチャーハンやってみたんですよ。ぱらぱらにならなかったけどどうやったらいいかな。
〔品川〕あ、そうですか。置きましたか?
〔市長〕しょうゆと卵入れてかき混ぜ、酒加えて、冷蔵庫に一晩寝かせて…。味は良かったんだけど。
〔品川〕結構みんなパラパラになったって言ってくれるんすけど。
〔市長〕料理の楽しさって一手間自分で工夫するとこ?やっぱり創作的なものを入れるところ?
〔品川〕単純に料理作って出すのが好きですね。ちょっとお笑いに似てるなーって思うのは自分で考えて、自分で発表したものがウケるっていうのと美味しいって言ってもらうっていうのと感覚が、結局サービス精神じゃないかなと、料理も、お笑いも。
〔市長〕甘いものはどうですか?
〔品川〕甘いものも好きですね。
〔市長〕昨年狛江で「スイーツコンテスト」をやったんですよ。お菓子屋さんとか、パン屋さん11軒に狛江をテーマにして作品を作ってもらい、市民の皆さんに投票してもらったんですけどね。
 ではせっかくですので、品川さんにスイーツコンテストで最優秀作品に選ばれたプリンを召し上がっていただきましょう。
〔品川〕あ、僕プリン大好きなんですよ!…おいしいっす。ただ、甘いっすね、やっぱり。

狛江のイメージ、魅力

〔市長〕おやつも食べたところで、再びお話を聞かせてください。狛江についての話題を伺いたいんですけど、中学校時代に狛江に来られて、街のイメージとか人とのイメージとかはどうでした。
〔品川〕僕が住んでた時は、狛江駅は小さい駅だったんですが、何年かして来たらすごく変わっていて…。昔の小田急線沿線って、金網越えたら外に出れちゃうみたいな、ああいうロケーションって今ないじゃないですか。なんか東京なのにあの雰囲気があるっていう不思議さ、不思議な魅力っていうのは多分子ども心に刷り込まれたんでしょうね。それがもともと好きだったわけではないと思うんすけど、今映画とかだったら田舎の町って後ろが田んぼで、ものすごい広くて山が見えてっていうところに無人駅みたいな駅があるのが自然じゃないですか。だけどそうじゃなくてなんかその中途半端さが好きだった。和泉多摩川駅は、ちょっと行ったら川があって逆っ側には商店街で、そういう雰囲気が何ともいえない東京と田舎のはざま感っていうのが、結構僕はその感じが好きで、毎年夏になると和泉多摩川に来てバーベキューをしてましたね。
〔市長〕ほかに当時狛江で居心地が良かった場所とか、面白かった場所とか…。
〔品川〕あとは自分の家から狛江三中までの途中に駄菓子屋があって、その奥でおばちゃんがもんじゃ焼き焼いてて。多分駄菓子屋でもんじゃ焼き焼いてるなんて、僕の世代がギリギリだと思うんですよ。そこは1~2年後くらいに閉まっちゃったんですが、なんか田舎と下町と都会が全部あるごった煮みたいなのが好きですね。緑も多いですよね。僕は基本的に引っ越す時は緑が多い町にやっぱ住みたいんですよ。
〔市長〕駅前の緑を残したのが狛江の開発の良さなんです。ベッドタウンとしてあまり特徴を持ってないまちなんだけどもそれを今、魅力づくりをしたいなって思っています。どんな方向で、狛江がまちづくりをやったらいいのか、なんかこう…インスピレーションは起きますか?
〔品川〕うーんなんだろうな。でも多摩川って、大きな財産だと思うんですけど。
〔市長〕財産ですよね。だから多摩川まで行く道筋に、桜の並木道みたいなものがあって、緑が残っていると良いと思いますね。
〔品川〕きっと、それは莫大なお金がかかるんでしょうね。和泉多摩川だったらすぐですけど、狛江からでは大変ですね。
〔市長〕狛江がさらに魅力を持てるような町にしていきたい、あるいは市民が狛江に住んで良かったという風に思っていただくため、いろいろと考えています。今言った桜の並木道をもうちょっと広げたらどうだろうかとか、それから絵手紙教室を日本で最初に開催したのが狛江なんで、絵手紙発祥の地として売り出せないかとか。
 ところで宝塚歌劇団にいた春野寿美礼さんは、同期生ですって?
〔品川〕はい、狛江三中のとき。
〔市長〕狛江出身で、品川さんと同期生っていうのは、私の方へメールが入ってきたり、私のホームページにも書いてくる人がいるので知ってたんだけど。
〔品川〕でも、会ってないんですよ。
〔市長〕学校行ってなかった?(笑)
〔品川〕はい、後からそう噂で聞きまして。

狛江の中学校時代を舞台にした「ドロップ」

〔市長〕「ドロップ」は自分で書きたいと思って書いたんですか。
〔品川〕いや、あれはですね、お話をいただいたんですけど自伝を書いてくれないかって言われたんですよ。まあその人がまた変わった人でですね、僕のバラエティーとかでの立ち振る舞いが、あいつの目はなんか凶器だみたいな、あいつは何か秘めたものがあるっていうので。
〔市長〕見抜かれたんですか?
〔品川〕多分、違った人生を歩んでいるんじゃないかみたいなことを言ってくださって。
 で、生まれた時から今現在までを書いてくれないかっていうお話を最初にマネージャーがいただいて。でもその時はまだテレビ出て1年目とか2年目だったんで、僕のところに来る前にマネージャーの判断で品川にはまだ早いんじゃないかっていうのでお断りしてたみたいなんですよ。そっから数えて4、5年後ぐらいにそろそろいいんじゃないかっていって。それも僕はまだ大成功した訳じゃなく、まだまだ駆け出しというか頑張ってる最中なので自伝っていうのはちょっと…っていうので小説という形で、私立から公立に転校して不良になって街を出て行くっていうストーリーであれば、ぜひ書いてみたいって思ったんです。
〔市長〕あれ、かなり過激だったけども事実は何パーセント位?
〔品川〕まあ本当は半分くらい。やっぱこうちょっとドラマチックにしたりだとか、大げさに表現したりとかしてますね。
〔市長〕今年の3月には「ドロップ」が映画で上映されますが、苦労とか嫌な思いとか失敗したっていうのはあまりなかったんですか?
〔品川〕梅雨時期だったんで雨が長くてとかいろいろありましたけど、でもそれも思い出というか、それぐらいのことはあるだろうと思ってましたし、それこそハリウッド映画みたいに湯水のごとくお金を使えるわけではないので制作費も決まっていて、タレントさんの時間とか、ふだん僕が気を使わないような所まで自分で見ていかなきゃいけないので、ストレスがゼロかって言われたらそうじゃないですけど、それも自分の好きなことをやるための一つだって思えばあんまり苦でもなかったです。
 あ、それから昔の仲間が撮影している場所に来たんで、何人か集まって飲んだんですよ。
〔市長〕どうですか、昔そうやって一緒に暴れた仲間が別々の道を歩んで、大人になって改めて再会したというのは。
〔品川〕なんていうんですかねぇ…。それこそ不良漫画とか見ると、普通の仕事に就いて愚痴こぼしながら、ああいう大人になりたくないみたいな。でも結局そういう大人になっちゃったなあって、あの頃は楽しかったな、みたいなのって嫌だなあって当時からそういう思いがあって。でも、みんな仕事を抱えながらもすごい前向きというか楽しくやってるというか。

新年の抱負

〔市長〕それでは、改めて、新年の抱負を聞かせてください。
〔品川〕やっぱり1個出来上がっちゃうとずっとそれに縛りついてしまうのですが、そういう自分が嫌だったりするんです。「ドロップ」は、これから宣伝していかなきゃいけないんですけど、これで一生食べていくわけではないので。これは1個終わりで、次のことに進むためのなんか小説であったりとかライブであったりとか、種まきをもう一度ゼロから始めなきゃいけないという感じですね。
〔市長〕私生活、プライベートの面でこういうことやってみたいっていうのは?
〔品川〕結構プライベートと仕事が直結しちゃってる部分があって、ゆるゆるなんですよね。ブログをやってるせいもあると思うんですけどブログに書くと、結びついちゃって。料理もそうですね、いってみたら。
〔市長〕生活からブログを通じてまた1つの自分の売りになってるわけですか?
〔品川〕はい。だからまあ、不思議な感じではあるんですけど。でも仕事となると結構責任感があるから、プライベートでただ趣味としてやるよりもう一つ自分でも踏み込んでできるんで、それはいい状況にあるなあって思ってるんで。
〔市長〕あと人生重ねていったらどんな人間になっていきたいですかね?
〔品川〕どんな人間…僕今の状態が自分ですごい好きなんですよ。今より若い時じゃなくて今の自分がすごい好きで、やりたいことがあったらすぐやるっていう、本当に思い立ったが吉日という瞬発力が今多分一番で、気持ち的にもいける時期なんですね。今のまま年取っていきたいですね。はい。
〔市長〕これからのご活躍を期待しています。本日はお忙しいところ本当にありがとうございました。
〔品川〕どうもありがとうございました。