昭和二年に小田急電車がひけて、狛江駅ができた頃の話である。
 小田急電車の運転士が、電車を走らせて狛江の駅近くまで来ると、前方に大っきな坊さんというか大入道が、傘をさして現れては電車の行く手をふさいでしまった。びっくりした運転士が急ブレーキをかけると、ふっと消えてしまう。何回かそんなことがあって、電車を止めるのはキツネかタヌキのしわざだろうといわれた。
 この話は、駄倉書店の谷田部トミさんが、当時、小田急電車の運転士さんに聞いたものである。運転士は、「きびが悪かったよ。こわかったよぉ」といって話していたそうだ。
 トミさんの話によると、小田急電車が通る以前には、店の前の次太夫堀(六郷用水)の流れのほとりに、よくキツネやタヌキの姿を見かけたという。秋になって刈り取ったソバの束を、家の軒下に張った縄にかけて干しておくと、タヌキがやってきてカサコソと食べている音がした。「ほら、また来ているよ」と言ったものだった。このように狛江の人家近くに出没したキツネやタヌキが、電車の開通にすみかを追われたり、近代化の音におどされたりして、電車を止めるようないたずらをしたのだろうか。電車にひかれたキツネやタヌキもあったようだ。
 タヌキやキツネが汽車や電車を止めた話は、広く各地に見られ、「偽汽車」の名で知られている型の話である。東京では品川区や大田区で、明治五年に東海道線が開通してまもない頃、タヌキの化けた汽車に何回か汽車を止められた機関士が、思いきって汽車を走らせたところタヌキがひかれていたという話が伝えられている。調布市や西多摩の羽村町などにも同様の型の話があり、調布では京王線開通(大正二年)後まもなくのこと、女の人やマツの木などに化けて電車を止めたタヌキ(またはムジナ)が電車にひかれる話になっている。また、羽村の話では明治の中頃、やはり女に化けたムジナが、青梅線の蒸気機関車にひかれたという。