遠く離れた地にある神仏に、講中から代表を立てて参詣する代参講は、狛江では御嶽(みたけ)講、榛名(はるな)講、三峯(みつみね)講、大山(おおやま)講などがあった。このうち、大山講の代参は早くにすたれた。今でも続いているのは、駒井や覚東に御嶽講、猪方と小足立・覚東に榛名講、小足立・覚東の同じ仲間による三筆講などである。小覚(こがく)の講は、上州の榛名と秩父の三峯との代参を兼ねるもので、榛名・三峯講と呼んでいる。全行程を歩く時代に、代参はたいへんな仕事であったが、娯楽のない当時は楽しみな旅でもあった。
 御嶽講は、作神(さくがみ)様、また、盗難よけの神として信仰されてきた青梅の御嶽神社にかかわる講で、かつては、狛江のどの部落(旧村)にも講ができていた。駒井では、現在の講員数三十戸。代参人は、二月に日枝神杜で行う雹(ひょう)祭りの後、くじで決める。今では車一台で行ける五名だが、かつては二、三名であった。代参の費用に充てる講金は、小麦や米を集めて、その売上金を充てた。代参は四月中から五月初め頃までの日を選び、御嶽山の御師(おし)の宿坊に一泊して、神主である御師の先導で御嶽神社に参拝する。受けてくるお札は、講員全戸に配る代参札と、辻札と呼ばれる代参大札「御嶽神社祈祷神璽 講中安全」が二枚。代参の翌日、代参札を講員に配り、隣近所や親類には、「武蔵国御嶽山大口真神」として山犬の姿を刷った、お犬様と呼ぶ盗難よけのお札を配る。辻札はスギの葉と一緒に細竹にはさみ、一枚を四つ辻の北向き地蔵のところに、もう一枚は日枝神社の鳥居のところに立てておく。
 覚東の御嶽講では、代参人は三名で、代参は四月八日頃が多い。代参から帰ると、代参者の一人の家を宿にして、お日待ちをする。お札を分け、講帳の名簿の順に来年の代参者を決める。かつてのお日待ちは代参の翌日に行い、一日中飲み食いをして過ごした。ごちそうは煮しめなどのほか、ソバ(うどんのこと)と決まっていて、朝昼晩とソバを食べて楽しんだものなので、御嶽講のお日待ちをソバ講と呼んでいた。