和泉の荒井久孝家では、昔から火傷の薬を家伝薬として伝えている。この薬を付けると、どんなひどい火傷でも、奇態に跡が残らずに治るというので、調布や府中とか二里や三里も離れたところから、もらいに来る人があった。その作り方は旅の人から伝授されたもので、野草の中から何種類かを採ってご飯で練ったのだとか、青麦を陰干しにしたものを焼いて灰にし、それをもとにして何かを入れた青い粉を練るのだとか、土地の人たちはさまざまに憶測して言い伝えているが、秘伝なので確かなことはわからない。荒井家では、その製法を女が伝え、代々嫁の手で薬が作られてきた。屋敷内には、安政六年(一八五九)に当主の建立による「やけど薬法の元祖法主神」と刻まれた石碑が残されている。
 家庭で行われた民間療法には、眼病や火傷のほかにも、諸病万般さまざまあるが、家伝薬として作られ評判になったものは、荒井家に伝わる火傷の薬のほかは見当たらないようだ。
 火傷の療法として、このほか家庭で手軽に行われてきた民間療法には、生のジャガイモやキュウリをすりおろして付けたり、味噌や醤油を塗ったり、あるいはゴマ油や、ムカデを生きたままゴマ油に漬け込んでおいたムカデ油とか、馬の脂などを付ける方法もあった。キリの木の枝を切って干したのを粉にして、ゴマ油で練って付けたという人もある。
 この辺りにはキリの木が少ないので、履き古したキリの駒下駄などをよく洗って干して使ったともいう。また、火の神様である荒神様に供えた水をつけると、火傷にいいといわれていた。
 火傷を治す呪(まじな)いの唱えごともあって、次のような歌を三度唱えて息を吹きかけるとよいともいわれていた。
 ・猿沢の池の大蛇が火傷して 水なきときはアビラウンケンソワカ
 ・いじゃらが池の大蛇が火にすべり そのともらいはタコの入道 アビラウンケンソワカ